特集
【山中謙司】問題を科学的に解決する活動と個別最適な学び【理科専科.com】
はじめに
中教審答申「令和の日本型学教育の構築を目指して」が示されて以来,「個別最適な学び」の実現に向けた取組に関心が集まっています。これまでの小学校理科で重視していた子供主体の問題解決をあらためて問い直し,子供一人一人に資質・能力を確実に育成するための授業改善が求められていると言えます。
個別最適な学び
前述の答申では,「個に応じた指導」の在り方として「指導の個別化」や「学習の個性化」が必要であるとしています。とりわけ「学習の個性化」では,子供一人一人に応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供することで,子供自身が学習を最適なものになるよう調整することを求めています。また,内閣府の総合科学技術・イノベーション会議における教育・人材育成ワーキンググループの第6回資料では,教育・人材育成システムの転換の方向性として,これまでの「みんな一緒に,みんな同じペースで,みんな同じこと」を目指した一律一様の一斉授業や形式的平等主義は,価値の創造やイノベーションの最大の敵である同調圧力を生み,正解主義に陥ることになるとしています。さらに,文部科学省「今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会」では,「主体的・対話的で深い学び」について,「個別最適な学び」が組み込まれ、複線化された学びが交差し対話する機会として「協働的な学び」も位置づけられるという意見も出されています。
このような議論を踏まえると,これからの理科の授業を創造する際には,「問題解決の複線化」が重要であることが見えてきます。これまでの学級内における単一の問題解決のプロセスではなく,子供がこれまでの生活経験や既習の内容を基にして見いだした問題毎や,発想した予想や仮説毎,あるいは解決の方法毎に複数の問題解決が同時に並行して進んでいく授業デザインが考えられ,このような授業実践が増えてきています。
複線化に対する不安
上述のような個別最適な問題解決を希求すると,一人一人が個々に活動する状況が生まれることで,その実現に対する難しさや不安も浮かび上がってきます。複線化された問題解決について実践者から「子供が個々に自分の予想に基づいた実験を行うなら,考察するためのデータが乏しくなるのではないか」「教室内の複数グループが異なる実験をする場合,検証方法の妥当性や実験の正確性はどのように担保するのか」「データが正確でなければ考察も科学的なものでなくなるのではないか」などの意見が出されることもあります。このような意見は,小学校理科でこれまで大切にしてきた考え方である「科学的に問題を解決する」ことに依拠したものと考えられます。
問題を科学的に解決する
小学校理科では,自然の事物・現象との関わりの中で見いだした問題を科学的に解決する活動が重視されています。「科学的に解決する」とは,実証性,再現性,客観性の条件を含むもので,考えられた仮説が観察,実験などによって検討することや,人や時間や場所を変えて複数回行った同じ実験では同じ結果が得られること,そしてその結果をもって多くの人によって承認されるといった手続きによって問題を解決することです。
このような「科学的に問題を解決する」ことは,理科の授業においてこれからも重視すべきものと考えます。理科の目標で掲げる資質・能力(自然の事物・現象についての理解や観察,実験などに関する技能,問題解決の力,主体的に問題を解決しようとする態度など)を育成するためには,教師からの一方的な教授ではなく,子供自身が科学的な手続きを通して主体的に学んでいくことが不可欠だからです。
これからの理科授業
「個別最適な学び」と「問題を科学的に解決する学び」の両者を実現する肝になるのが「協働的な学び」と「ICT機器の活用」です。「個別最適な学び」の「個別」は「孤別」であってはいけません。学校で学ぶわけですから,教室で他者と共に学び合う価値を見いださなくてはなりません。そのためには,子供同士が自分なりの問題や予想・仮説,あるいは解決の方法などで個々に学ぶ場面を保証しつつ,問題解決の部分部分で対話を通して協働する場面を設定することが肝要です。例えば,個々に見いだした問題を包含する大括りの学習問題を設定して子供にとって自分の調べていることが他者と繋がっていることを意識できるようにしたり,それぞれの異なる実験方法から得られた結果をまとめるとどのような結論を導くことができるのかを検討したり,実験の正確性も含めた妥当性の検討や必要に応じての再実験を設定したりする手立てが考えられます。複線化により,全ての予想を全員が確かめるものではなくなるので,指導計画で時数に余裕が生まれることも考えられます。その余った時間から,実験の機会を増やしてデータ数を多くすることも可能になります。
このような協働的な学びは,科学的な手続きについて対話を通して検討し,精度を高めることが可能となります。その際,複線化により同時に展開される様々な活動を共有するには教師一人のマンパワーには限界があります。そこで,一人一台端末を活用して,子供が他者の問題解決の様子を共有できるようにすることが考えられます。他者が導き出した結果はどのような実験状況から導きだされたものなのか,実験状況を撮影した動画の視聴で可能となります。
「複線化」は全ての内容で行うものではなく,学習内容や子供の実態,指導の意図に合わせて取り入れるものとなります。従来型の問題解決とバランスを図りながら,従来型一辺倒から脱却して授業観を変えなければならないと感じています。